40
Profile─
早稲田大学大学院人間科学研究科博
士後期課程修了。博士(人間科学)。
葛飾区子ども発達センター心理発
達専門員を経て,2011 年から現職。
2018 年 9 月 よ り 一 年 間,サ イ モ ン
フレイザー大学にて客員研究員を兼
任。専門は臨床心理学。著書は『臨
床児童心理学』(分担執筆,ミネル
ヴァ書房)など。
吊り橋効果で農家になろう!
信州大学学術研究院教育学系 准教授
高橋 史
(たかはし ふみと)
かの有名な「吊り橋効果」の実
験がおこなわれたのは,一体,ど
こだと思いますか? 正解は,カ
ナダのブリティッシュコロンビア
州バンクーバー近郊にあるキャピ
ラノ吊り橋。観光地としていつも
多くの人で賑わっていて,在外研
究の受入先研究室の院生が観光案
内で連れていってくれたのは良い
思い出です。そこから車で30分
ほどのところにあるサイモンフレ
イザー大学で,在外研究の貴重な
1年間をすごしてきました。
日本とカナダでは思っていたよ
りも共通点が多かったとは言え,
個人的に感じた両者の違いを挙
げるなら,その最たるものは「働
き方 」で す。"働く"という行 為
を「もっぱら金銭獲得を目的とし
て,自らの時間と労力を切り売り
する行為」と操作的に定義する
なら,サイモンフレイザー大学の
人たちの働き方は本当に必要最
小限です。もちろん,定時の間は
やはりバタバタと忙しそうにして
います。しかし,事務所は定時で
キッチリ閉まって,本当に人がい
なくなります。教員の中には定時
後も大学にいる人がチラホラい
ますが,爽やかな顔をして「もう
ちょっとこの分析がしたいんだ」
とカフェインレスコーヒーを飲み
ながら語り,さて,とシミュレー
ションゲームにのめりこむ子ども
のように再び執筆の世界に戻って
いきます。日本で私がしている仕
事を聞かれて「学内業務,授業,学
位論文指導,臨床,臨床の勉強,英
語の勉強,統計の勉強,執筆……」
と答えると,十中八九,「クレイ
ジーだ」と言われます。環境的に
仕方がない側面もあるとはいえ,
たしかにクレイジーではあります
し,成果に結びついているかと言
われるとそうでもありません。
自然体の働き方でクレイジー
な成果を上げる彼ら/彼女らの
仕事の仕方は,喩えるなら,共同
経営体の農家です。ひとつの大き
な畑をみんなで耕して,体系的に
時間をかけて畑を育てて,十分に
実ったところで各自の興味に応じ
て収穫する。大きな収穫ができる
までの間は,畑のすみっこに早く
収穫できる小さな種を撒いて時間
をすごす。畑を耕し始める前に慎
重に妥協せずに計画を立てて,研
究が動き始めたら大量の単純作業
をとにかく手間暇かけて愚直に続
ける。たまに「もうやってらんな
い」と愚痴も言いたくなるから,
お茶やお酒を飲みながら談笑する
時間も大切にする。サイモンフレ
イザー大学の研究者とその仲間た
ちは,そんな農家のような研究ス
タイルでした。それは,市場(学
会や学術誌)でお目にかかる成果
物(論文)としても,大規模で良
質なものがバンバン出てくるとい
うものです。その喩えでいくと,
カナダに行く前の私は収穫するこ
とばかりに必死になって,早く収
穫できる種を室内用の小さなプラ
ンターにちょこちょこ植えるくら
いしかしていなかったなと,反省
するばかりです。自宅のプラン
ターという環境しか知らない状態
で市場にある成果物を見ても作れ
る気がしませんが,畑と栽培プロ
セスを自分の目で見てくると,プ
ランター農家なりのやり方を考え
られるようになります。
2019年9月に帰国してからは,
日本でのクレイジーな毎日に再び
忙殺されています。それでも,農
家のように長期的視点に立って,
新たに介入研究プロジェクトを始
めました。大学に入学してはじめ
て心理学の授業を受けたときの
ような,あのワクワクした気持ち
で研究に取り組んでいます。在外
研究という非日常のワクワクして
いるときに研究をしていたものだ
から「研究=ワクワク」という誤
帰属をしている,そういう吊り橋
効果もあるかもしれません。バン
クーバーですし。再現可能性問
題で心理学が危機にある中,体を
張って,N=1で吊り橋効果を再現
してきました。おかげさまで今で
も研究に対するワクワクは続いて
いて,受入先研究室のメンバーと
も共同研究で連絡を取り合う良い
関係が続いています。キャピラノ
吊り橋を一緒に渡った院生だけ
がメールの返信をくれないのは,
きっと気のせいです。